第1回 心に残る卒業アルバム エピソード発表

入賞

アイツ

ペンネーム: 天野 大地 さん

小学6年生の時、アイツは倉島にやってきた。

オレの故郷、倉島は、人口500人に満たない小さな島だ。本土からは船で2時間かかり、観光地なども特にない。アイツは親が公務員で、倉島支局への赴任が決まり、家族でやってきたのだった。
オレのいた倉島小学校は全校生徒9人。オレに同級生はいなかった。アイツがたまたま同い年で、オレは6年生で初めて同級生ができた。

オレは嬉しくて、早速アイツを海へ誘った。けれどアイツは岩場を怖がり、泳ぐのも下手だった。
「何が好きか」と聞いたら、アイツはカメラと答えた。「カメラ?」と思わず聞き返した。ずいぶん都会っ子だなと思った。
とはいえ同じ島で暮らす以上は仲間だから、他のヤツらと一緒に海や川へ連れて行った。だがアイツは、オレたちの遊ぶ姿や周りの風景を撮ってばかりいた。オレにはそれがつまらなかったが、アイツは意外にも楽しんでいた。倉島の環境がアイツには新鮮だったようだ。

卒業式が近づいた頃、アイツが妙なことを言い出した。
「卒業アルバムっていつ撮るの」
オレにはその質問の意味が分からなかった。倉島小学校は卒業アルバムを作らない学校だったのだ。たぶん、生徒が少なすぎて製作費が高くつくからだと思う。
ただそんな理由以前に、年中一緒にいる仲間との日々を忘れるわけがないと思っていた。だからわざわざアルバムに残す必要もないと思った。
それでもアイツは、卒業アルバムを作らないのかと執拗に聞いてきた。他所の文化を持ち込まれるようで、なんだか疎ましかった。
しばらく耳を貸さないでいると、アイツは先生にも同じことを聞いた。そこでいよいよ本当に作らないと分かると、アイツはまた妙なことを口にした。
「ボクの撮った写真で作ろうよ」
すでにアイツのカメラには、島の風景やオレたちの写真がたくさん収められていた。オレはわざと関心を示さないでいたが、アイツは卒業式の日に完成したアルバムを嬉しそうにオレに渡してきた。
「できたよ、アルバム」
そこには、アイツが転校してきた春の日から、冬の餅つき大会まで、四季が巡るようにたくさんの写真が並んでいた。その時妙に心をくすぐられたのが、卒業アルバムに否定的だったオレには少し悔しくもあった。

そしてアイツは島を去った。親の倉島支局での任期が満了したらしい。

「お前の地元やべーな!」
「生徒これしかいねーのかよ!」
そしてオレは今、本土で仲良くなった大学の友人とその卒業アルバムを眺めている。本土の生活にも慣れて、今では島の暮らしの方が懐かしく思える。
「ここ、魚がたくさん釣れるポイントなんだぜ。」
カメラに向かって魚を見せつけるあの頃のオレが笑っている。
「こんな卒業アルバムどこにもねーよ」
「マジで最高だわ」
友人たちは面白がって、笑いながら何度もページを捲った。

アイツがくれたこの卒業アルバムは、オレの一番の宝物だ。